夫が職場で倒れたと連絡が来たのは、ごく普通の一日のことでした。

その日は朝から少し体調が悪そうにしていて、「休んだら?」と声をかけましたが、夫は少しくらいのことでは仕事を休まない人でした。いつものように出かけていきました。

「無理しないでね」——それが元気だった夫と最後に交わした言葉になるとは、思いもよりませんでした。

それから数時間後、夫が職場で倒れたと連絡があり、急いでタクシーで病院へ駆けつけました。

病名は急性心筋梗塞。
心室細動による心停止。ICUに入った夫は、たくさんのチューブにつながれ、意識がありませんでした。

この記事は、その日から2週間、家族として何を経験し、何をしたかの記録です。
急性心筋梗塞・心停止でICUに入院した家族に付き添うなかで直面した、同意書の内容・低体温療法の意味・気管切開を回避した経緯・知らなくて損した手続きなど——誰も教えてくれなかったことを、体験談としてまとめました。

この記事でわかること

  • ICU入院直後に渡される同意書の種類
  • 低体温療法とは何か
  • 入院初日に動いておくべきお金の手続き
  • 知らなくて損した・聞いてよかったこと
  • 気管切開・胃ろうの同意を「待ってもらった」経緯

夫が心停止で倒れた日のこと

職場に居合わせた方がすぐに胸骨圧迫を始め、救急車を呼んでくれました。
病院に着くと緊急のカテーテル治療が行われ、そのままICUへ。

心臓が止まってから体外循環装置(ECMO)が動き始めるまでの時間は短く、その早さがその後の経過に影響したと、後から医師に説明を受けました。

【医療メモ】
ECMOとは、心臓や肺の機能を一時的に機械で代替する装置です。心臓が自力で動けない間、血液に酸素を送り続けます。※詳細は担当医にご確認ください。

ICUで最初に渡される「同意書」の種類と内容

ICUに入ると、すぐに複数の書類へのサインを求められました。最初は何の書類か理解する余裕もありませんでした。

私が署名した書類には、以下のような内容のものがありました。

  • 手術・検査の説明および同意書
  • 心肺蘇生に関する同意書(希望する/希望しない/未定)
  • 強心薬・昇圧剤の使用への同意
  • 人工呼吸器使用への同意
  • 心臓マッサージ・除細動器による蘇生処置への同意
  • 身体抑制・薬物鎮静への同意
  • 輸血療法への同意書
  • 気管切開・胃ろうに関する事前同意書
「希望する」「希望しない」「未定」——
意識のない夫の代わりに、私が選ばなければならない。「夫の寿命を決める」感覚に近く、本当に苦しかったです。

医師からの説明は聞き慣れない医療用語が続き、メモが追いつきません。

「説明内容を印刷していただけますか」とお願いしたところ、文書で渡していただけました。
わからない言葉を後から調べることができ、とても助かりました。

低体温療法とは?家族として知っておきたいこと

ICU入院翌日、医師から「低体温療法を行っています。眠り薬と痛み止めで眠っていただいている状態で、意識が戻るかどうかは数日後に確認します」と説明を受けました。

【医療メモ】
低体温療法とは、心停止後に体温を意図的に下げることで脳へのダメージを抑える治療です。治療中は鎮静薬を使用するため意識がない状態が続き、意識の確認は鎮静を止めてから数日かかります。※詳細は必ず担当医にご確認ください。

「意識が戻るかどうかは、まだわからない」という言葉を持ったまま、面会室で待つ時間が始まりました。

ICUの面会時間にできること・やってよかったこと

面会は予約制で1回あたり15分でした。
その限られた時間に、私は声をかけることと手足をさすることを続けました。

ICUではCDラジカセがあり、音楽を流せるとのこと。
夫の好きだった音楽をCDに焼いて看護師さんに渡しました。CDの表面にはこどもたちが描いたパパの似顔絵と「げんきになってね」のメッセージ。ほぼ24時間流し続けてもらいました。

「意識がなくても耳は聞こえている」と信じて手足をさすり続けました。
夫が目を閉じたまま涙を流すことがありました。信じて動いた時間は後になって必ず意味を持つと感じています。

意識がない間、夫はしゃっくりを繰り返すことがありました。「もしかして、起きているのかな」と思うたびに看護師さんに確認しましたが、「反射ですよ」と説明されることがほとんどでした。

目が乾燥しないよう、両目にはテープが貼られていて、起きているのかどうかわからない日々が続きました。

入院初日から動いておくべき「お金の手続き」3つ

急な入院は、家計にも大きな影響を与えます。
混乱の中でも、早めに動いておくと安心できる手続きがあります。

① 加入している医療保険・生命保険の確認と連絡

ECMOが外れ、意識の回復が少しずつ見え始めたタイミングで、加入している保険会社へ連絡しました。入院先の病院名・病名などを伝えました。

診断書の提出は、退院・転院の目処が立ってからお願いしました。
診断書は1枚ごとに料金がかかります(病院によって異なりますが、一般的な相場は3,000円〜10,000円程度)。入院中に何度も依頼すると費用がかさむため、タイミングを見て依頼するのがおすすめです。

② 限度額適用認定証の確認

高額な医療費の自己負担を、収入に応じた上限額までに抑えられる制度です。
限度額適用認定証を病院の窓口に提示することで、支払い時点から上限額が適用されます。(提示がない場合、いったん全額払ってから後日還付の流れになります)

自己負担の上限額は「区分」によって異なります。区分は標準報酬月額(給与水準)で決まります。

区分標準報酬月額の目安ひと月の自己負担上限額
83万円以上252,600円+α
53万〜79万円167,400円+α
28万〜50万円80,100円+α
26万円以下57,600円
住民税非課税35,400円

※αは医療費が高額になるほど加算される額。一般的な会社員は区分ウ・エが多いです。
※同じ月に複数の病院にかかった場合は合算できます。

夫が会社員(社会保険加入)だったため、病院の窓口が健保組合へ直接手続きをしてくれました。
「自分で手続きしなければ」と焦る前に、まず病院の窓口に確認してみてください。

国民健康保険の場合は、ご自身で役所へ申請が必要です。
▶ 詳しくは協会けんぽ「高額療養費・限度額適用認定証」をご確認ください。

③ 傷病手当金の確認(会社員の場合)

配偶者が会社員であれば、休んだ期間に「傷病手当金」が支給される可能性があります。
連続3日間の待期期間を経て、4日目から支給対象となります。申請は事後でも可能です。

夫の会社へ連絡したとき、担当の方が傷病手当金のことを教えてくれました。自分から聞かなければ知らないままでした。

傷病手当金の申請に必要な医師の記載書類は別で、毎月提出しました。
こちらは保険診療の扱いとなり、3割負担で約300円程度と負担は軽めです。

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知らなくて損した・聞いたら助かったこと

① 医師の説明は「印刷」をお願いできる場合もある

同意書の項でも触れましたが、説明内容を文書でもらうことで、後から落ち着いて内容を確認できました。

② CSレンタルセット

衣類・タオル・おむつなどをレンタルできるセットを、病院のスタッフから案内していただき申し込みました。

当日の朝まで元気だった夫に、その日の午後におむつが必要になるとは考えもしていませんでした。

③ 駐車場のサービスを確認してみる

ICUへの面会は毎日続きます。病院によってサービスはさまざまですが、家族向けに駐車場の割引や無料サービスを用意しているところがあります。

1週間ほど経ったとき、どうやらそういったサービスがあるらしいと聞き、窓口で確認するとサービス券を発行していただけました。最初から聞いておけばよかったと思いました。

案内されることもあれば、聞かないと出てこないこともあります。
入院初日に「駐車場のサービスはありますか?」と一度確認してみるのをおすすめします。

④ ICU初日、あとから「あってよかった」と思ったもの

最初から準備できていたら苦労はしない——そんな状況の話です。個人差もありますし、参考程度に読んでいただければと思います。

携帯の充電器は、たまたま夫のバッグに入っていて助かりました。関係各所への連絡が続き、充電できる環境はありがたかったです。

病院に自動販売機はありますが、売店は夜間に閉まります。
長時間になることを想定して、飲み物が手元にあると安心でした。
同意書や説明書などのコピーが次々と増えるため、クリアファイルが一枚あると書類をまとめて管理できました。

「気管切開だけは避けたかった」——お願いし続けた話

意識の回復が進まないまま日数が経ち、「このままなら気管切開が必要になる」と告げられました。事前に提出が必要とのことで、気管切開の同意書にもサインをして提出済みでした。

私自身の気持ちもありましたが、意識が戻ったとき、夫がどう感じるかも考えていました。 「もう少しだけ待ってください」——その一心で、担当医にお願いを続けました。

いよいよ「明日回復がなければ気管切開を行います」と告げられた日の面会で、私は夫の耳元でこう言い続けました。

「明日までに人工呼吸器が外れなかったら、気管切開になるんだよ。どうか早く目を覚ましてね。」

気管切開の予定日。ICUの看護師さんから電話がありました。

奥さん、人工呼吸器が外れましたよ

急いで駆けつけると—— マスクをはずされて穏やかな表情をしている夫がいました。名前を呼ぶと、こちらを見てくれました。

夫のそばに行き、「気管切開せずにすんだよ、がんばったね」と声をかけました。 言葉はまだ出なくても、確かに夫がそこにいました。

夫の回復を待っていただけて、本当によかったと思っています。患者の家族の立場から「お願いする」という選択肢は、あっていいと私は思っています。

意識が戻ってから胃ろうまでの経緯

胃ろうになることは、できれば避けたかったです。それは夫が倒れる前から、ふたりで話し合っていたことでした。人工呼吸器が外れたあとはしばらくは経鼻経管栄養が続いていました。経鼻チューブは2週間ごとに交換が必要とも言われました。

医師からは、胃ろうにするメリットをいくつか説明していただきました。
・経鼻チューブが外れて口がフリーになる
・口がフリーになれば、食べる練習・話す練習ができる

デメリットも聞きました。一度造設したら、途中でやめることはできない、と。
経口摂取できるようになり胃ろうを閉じたケースもあると聞きました。また、胃ろうのままだけどお話だけはできるようになった高齢女性の話も聞きました。

申し訳ないという気持ちはありました。 それでも、夫が後悔しない選択をさせてあげたかったです。

それでもすぐには踏み切れませんでした。

回復期リハビリ病院への転院を進めるにあたり、「経鼻のままでは受け入れ先が見つからない」と言われたことも、最終的な判断を後押しした理由のひとつでした。

泣きながら、同意書にサインしました。経鼻チューブが外れたのは、胃ろうを造設したタイミングでした。

経鼻チューブが外れてから、夫の表情や目の動きが明らかに変わりました。覚醒度が上がったと感じました。元気な人でも鼻にチューブを入れられていたら苦しいと思いました。

あの判断が正しかったのかどうか、今でも答えは出ません。
それでも、子どもたちの声に笑顔でうなずく夫を見るとき、あのとき精一杯の選択をしたのだと思えるようになりました。後にとろみのついたジュースなどお楽しみ程度に飲めるようになりました。

まとめ|いまICUにいるご家族へ伝えたいこと

この記事では、夫がICUに入院した最初の2週間で私が実際に経験したことを記録しました。

  • 同意書は何種類も出てくる。迷ったときは「もう少し待ってください」と言っていい
  • 低体温療法は回復の可能性を広げる治療。焦らず、医師に聞きながら決めていい
  • お金の手続きは、限度額適用認定証・傷病手当金・高額療養費の3つを優先して動く
  • 駐車場の無料・割引サービスなど、聞かないともらえない支援が病院にある場合がある
  • 気管切開・胃ろうなどの処置は、必ずしも最初から決めなくていい。経過を見ながら判断できることもある

あのころ私がいちばん怖かったのは、「何か見落としているんじゃないか」という不安でした。

同意書、手続き、治療の選択。誰も教えてくれないことが、次々と目の前に現れる。
それでも一つひとつ向き合ってきた。それだけで、十分すぎるくらい頑張っています。

入院が長引くにつれて、「これからの生活はどうなるんだろう」という不安も大きくなっていきます。
傷病手当金、障害年金、家族への支援制度……制度はあっても、自分のケースに当てはまるのか、いくら受け取れるのか、一人ではなかなか把握しきれません。

目の前の同意書を前に、まるで家族の運命を自分が背負わされているような重圧を感じているかもしれません。

もし、どうしても心が追いつかないときは、「もう少しだけ待ってください」と言っていいと思います。担当医や看護師さんに、自分の不安をぶつけていいと思います。

声をかけ、手を握り、今日という日を必死に守り抜くこと。
山積みの手続きを一つずつこなしていくこと。それが、ご家族にとって何よりも心強い、確かな支えになっていると思います。

あなた自身の心と体も、どうか、どうか置き去りにしないでください。

あなたの大切なご家族が、一日も早く回復に向かわれることを、心からお祈りしています。

※本記事は個人の体験をもとに書いています。医療の判断は必ず担当医にご相談ください。制度の内容はお住まいの自治体によって異なります。

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